2015年11月23日

京都の金戒光明寺は、紅葉まっさかり〜

昨年の『京都鞍馬スピ旅』に続いて、チベットの女神ちゃんとバラの女神ちゃんに誘われて、『吉野の大人旅』に出かけました。

吉野に行く前日に、ひとり京都へ。
宿が『金戒光明寺』の近くだったので、、、、そうだ、またいい香りのする『文殊菩薩さま』のお守りをいただいてきましょ。

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ちょうど12月6日まで、特別公開でお庭と山門に入ることができるって、ラッキ〜♡
御影堂に上がり、運慶作の美しい『文殊菩薩さま』にお目通りして、いつもは入れない奥へ、、、、

ん?廊下の古い写真は、、、NHK大河ドラマ『八重の桜』の主人公『新島八重』、明治期のもうおばあちゃんになった八重や会津の殿様のご子孫、会津関係の人たちの集合写真がありました。

辛い悲しい戊辰戦争の傷跡から、もうすっかり浄化が終わった会津からやって来ました。
http://miciodesign.sblo.jp/article/164933361.html?1448288723 
(ノーテンキブログ・晴れやかに天の岩戸が開かれたよ〜)

あれ?今回の京都は八重さんのお招きですか?

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白い砂に紅葉が映える『紫雲の庭』の枯山水、会津のお殿様もご覧になったのかしらね。

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金戒光明寺は、幕末(1862年)に京都守護職を命ぜられた会津藩主『松平容保』公が、1000名の会津藩兵を引き連れて駐屯したお寺。京都御所にもすぐ近い小高い丘にある要塞のようなこの寺を本陣として、新撰組と一緒に幕末の荒れる京都の治安を守ったのです。

お庭にはお茶室が、、、『ここでお抹茶をいただいていきなさいな、、』・・・ん?八重さん?

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お抹茶と一緒に出されたお菓子は、、、、『八重』。。。やっぱり。

『俵屋吉富さんで限定で売り出したのですが、評判がよくて継続して売られています』とお抹茶を点ててくださった女性が説明してくだはりました。

ここまで来たので、また『会津藩兵の墓所』にお参りしてきます。
『会津もすっかり浄化が済んで、明るく爽やかなエネルギーになりました。京都のこの墓所も会津とつながっています。安らかにお休みくださいね』

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お参りしている最中に、お坊さんの読経の声が。。。
近くの墓所で人形劇団の人達による『人形の精霊さんの供養』が行われていました。
ロシアの君、ステキだね。平和な現代はいいね♡

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山門に登ると、京都の街中が見渡せます。

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てっぺんのお堂には、釈迦如来、普賢菩薩、文殊菩薩の、丸い金色の後光に輝く釈迦三尊像がおわしました。

お釈迦様!、、、昨夜、お風呂で『明日は京都に行きます。よろしくお願いします』とお祈りした時に現れた、冠をかぶった金色の丸い光の存在は、お釈迦さまだったのですね〜!

『ここの釈迦三尊像は冠をかぶっていらっしゃるんですね』と、お堂で説明をしていたおじさんに聞いたら、
『そうです。冠をつけているのは珍しいですね』と。

『会津から来たんです』

『あっ、そうですか〜。私ら京都の人間は会津にとても感謝しています〜。大変だった京都をよくしてくれたのは、会津です。ご宸翰(ごしんかん=天皇からの手紙)をいただいたのは、会津の殿様だけです。綾瀬はるかさんの講演会に行きましたが、はるかさんは『会津の心に感動した』と言うてはりました。それを聞いて、会津の心に私らも感動しました〜』

思いがけなく、金戒光明寺の山門の上で、会津へのお礼を京都の方からいただきました。

会津『鶴ヶ城』の博物館には、孝明天皇から頂いたこのご宸翰が展示してあります。
長州藩を京都から追い出した深夜、密かに呼び寄せて容保公にお渡しになったと。

『たやすからざる世に、武士の忠誠のこころをよろこびてよめる、、、略』
武士も朝廷も心を合わせてよい世の中を作りましょう、と。

『賊軍』の汚名を着せられた会津の無念、悲しみ、苦しみの歴史は、この京都を見下ろす山門のお堂から、お釈迦さまの明るい光のエネルギーに変換されて京都に広がっていったよ〜♡

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posted by ミーチョにゃん at 23:23| Comment(0) | ノーテンキ旅(国内編)