2012年04月24日

ルーヴシエンヌへ、ヴィジェ・ルブランを探して

パリから電車で30分のところにある、小さな町、ルーヴシエンヌ。

ノーテンキ漫画家には、フランス革命がらみのことがワッセワッセとやって来てると言いましたよね。

一番興味を持ったのが、マリーアントワネットの肖像画を描いた画家、『エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン』という美貌の女流画家でした。

『ヴィジェ・ルブランの回想録』をインターネットで翻訳してるサイトを見つけ、アマゾンで英訳の本を取り寄せ、描いた600枚もの肖像画を調べ、、、、、。

回想録ですから、実際にその時代を経験した人の、作り物でない記録。


ヴィジェ・ルブランは、フランス革命が始まった時、王妃や貴族達の画家ということで、身の危険を感じて亡命します。

イタリア、オーストリア、ロシアなどを、13年もの間点々とし、各国の王侯貴族の肖像画を描いて、ナポレオンの時代に亡命者リストからはずされ、母国フランスに戻ります。

そこから浮き彫りになる、マリーアントワネットや、マダム・デュバリー、ポリニャック夫人、エカテリーナ女王などの実際の人柄などは、映画などによって描かれたものとは、とても異なると分かったのです。

フランスに戻ったヴィジェ・ルブランは、パリの喧噪を離れてルーヴシエンヌに家を買い、プロイセン軍に攻められるまで住み、その後亡くなるまでパリとルーウシェンヌを行ったり来たりしたのです。

革命直前にマダム・デュバリーの肖像画を描くのに訪れたルーヴシエンヌが、よほど気に入ったのでしょうね。


え〜、そんな訳で、ノーテンキ漫画家は、『ヴィジェ・ルブランの愛したルーヴシエンヌに行ってみよ〜』と、旅の目的の一つにしたのです。


地図も情報もなんもない中、冒険旅行に出発しま〜す!!!

サンラザール駅で、インフォメーションのおじさんにルーヴシエンヌへの行き方を聞き、時刻表をもらい、出発です。

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難なく20分ほどで着いたルーヴシエンヌ駅前には、タクシーも何にもなく、無人駅?あら困った、、、。

居合わせた地元の老年のご夫婦が、親切にも車でホテルに送ってくれました。ありがとうございました〜。

ルーヴシエンヌの近くだからと取ったホテルは、ブージバルという隣の町。ホテルに置いてあった地図もブージバルのしかない。

あら、困った。

まっ、タクシーでルーヴシエンヌの市役所かどこかに行けば地図は手に入るでしょ、とお気楽に考えて、翌日ルーヴシエンヌ行きを決行。

『ルーヴシエンヌの市役所まで行って下さい』・・・・ホテルで呼んでもらったタクシーの運転手さんは、ナビを見ながら、『市役所の住所がないと行けないよ〜、わたしは地元民でないから〜』といきなり文句を言います。『わたしも知らないのです』・・・・『そう言われても困るよ。ナビを入れないと分かんないよ、、、とりあえず、ルーヴシエンヌの町なかにいくけど、保証はしないよ、、ここはパリと違って人がいないから、帰りのタクシーなんてないよ。いったいどうすんだい知らないよ、ナンタラ、カンタラ、、、』

あ〜、、、、運転しながら途切れなく延々と続く文句タラタラ節に、後部座席で『だって、しょうないもんね〜』と『カエルの面』でかわすしかないノーテンキ頭でありました。

途中で『Hotel・・・』の道路標識を見つけた運ちゃんは、地元民のおばさんに聞いて、やっと市役所に到着。道路標識の『Hotel de Ville』は市役所(Mairie)だそう。

ホッ、ず〜っと、文句言いっぱなしのフランス運ちゃんから解放された。

ちょうど12時の教会の鐘が、カラ〜ンコロ〜ンとなっていました。

市役所に入るやいなや、『お昼休みでクローズ、クローズだからダメよ!』と意気込んで追い返そうとする市役所のおばさんに、『地図だけでも』と懇願してナンとか地図をもらい、、、、あらあら、雨風が強い中、いよいよ町を散策です。

町のシンボルの教会。

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インターネットで『ルーヴシエンヌ』でヒットしたサイトによると、この教会は『のだめカンタービレ』の映画撮影で使われたとか。

でも、寒い。雨に風にますます強まり、ダウンコートを着たいほど、、手はかじかむし、さぶいし、、、。

地図で見つけた『ヴィジェ・ルブランの屋敷』は、教会のすぐ近くにありました。

お〜、各国の王侯貴族の肖像画家だけあって、エレガントで立派な館ね〜。今は個人所有で入れないので、脇からパチリ。

ルブランさん、あなたを訪ねて、はるばる日本からやって来ましたよ〜。

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雨風の中、町の教会にルブランさんが寄付したという『聖ジュヌビエーヴ』の絵を見に美術館へ。

あれ、お休み?ベルを鳴らし、出て来た職員の女性は、『特別展の準備中で見せることはできないけど、後でメールで写真をおくるわ』と親切にも申し出てくれました。ラッキ〜。

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ルブランさんを訪ねに来たけど、、、、町のあちこちで看板を見つけます。

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そう、ここは美しい田舎町なので、印象派の画家達が多く住んで、絵に描いたところが同じ景色で残っているのです。
ジャンヌ・ボードー?って誰? 知らなくてごめんなさい。 Jeannu Baudot (1877-1957)

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ピサロ Camile Pisarro (1830-1903)

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描かれたお屋敷。

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ルノワール Perre-August Renoir (1841-1919)

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この並木道は今は車ビュンビュンの道。

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マダム・デュバリーの館に向かったら、、、館の脇にはシスレーの看板が。
Alfred Sisley (1839-1899)

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近くの地元の人に聞いたら、館は個人所有で、公開はしてないと、、、残念。

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ノーテンキ漫画家は、ヴィジェ・ルブランを訪ねに来たのに、印象派画家達の足跡を訪ねるという思いがけない『特別おまけ付き』となったのです。

はっ、そーいえば、とったホテルの名前は『Villa des Impressionnistes=印象派画家の家』

なんたる奇遇。

でも、あまりの寒さに、、何度もトイレに行きたくなって、、、、3度もこのカフェに駆け込み、コーヒーを頼み、お世話になるのでした。

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5時頃、やっと日がさし、光が戻って来ました。

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ルーヴシエンヌ市役所。
ここで散策マップ(印象派画家達の足跡をたどるルート)をもらえますよ。

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もらったマップが雨でヨレヨレになったので、次回用に新しいのをもらいましょ。

さっきの役場のおばさんに、『素敵な町ですね』と言ったら嬉しそうな笑顔で、丁寧に応対してくれました。

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帰りはどうしたかって?

フフッ、地図さえあればこっちのもんよ。高級なお屋敷の並ぶすてきな坂道を、のんびりゆったり下り、一時間かけてホテルに着きました。



折りたたみ傘の骨が2本犠牲になったけど、これも一つの思い出ね。


この次は、光溢れるルーヴシエンヌに来させてくださいね〜。




ノーテンキ漫画家のホームページを隅々見てみると、とっても暇つぶしになってナニか面白い発見があるかもよっ!!♡

楽しんでね〜♡

http://www.miciodesign.com/
『ノーテンキ漫画家』のサイト

http://green-mist.com
レイキスクール&ヒプノセラピー
『グリーンミスト・ヒーリングサロン』のサイト






この記事へのコメント
ルーブシェンヌのコメント、拝見させて貰いました。大いに役立ちそうです。ありがとうございます。同好のお仲間がいることが分かり、嬉しく思います。僕も5月末からフランスに行き、ルーブシェンヌを訪れる積もりです。オルセーで見たシスレーの「ルーブシェンヌの雪」に魅せられてです。つきましては厚かましいお願いですが、ルーブシェンヌの地図のコピーを頂けないでしょうか。僕は英会話も殆ど駄目で、ルーブシェンヌ市役所にたどり着く自信がありません。何れ貴殿の辿った足跡をなぞることになると思いますが、事前に地図があれば助かります。メール添付でも結構です。願いを叶えて頂ければ幸いです。
Posted by 伊藤明彦 at 2014年05月01日 17:50
伊藤様 今コメントに気がつきました・・・汗。地図のコピー了解です。ルーヴシェンヌはとってもステキな小さな町(村)です。ぜひブラブラ歩いて印象派のなごりに触れるのをお勧めします。メールアドレスをfumiko@miciodesin.com宛にお送り下さいませ^^
Posted by ミーチョにゃん at 2014年05月10日 22:42
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